京葉線から見る車窓

■ひとつ拾えば ひとつキレイになる
「日本を美しくする会」という会がある。
過去に自分も何度も参加したことがあるが、最初は自分の職場や普段使っている公園などをキレイに保ちたいという普通の感覚が発端となって生まれた。
そのムーブメントが年を経るうちにやがて教育現場にまで波及し、ボランティアの方々が集まり、荒れた中学校や高等学校のトイレをピカピカに磨き上げるようにまでなった。
人の心は目で見たものに刺激や影響を受けやすい。文章も同じだが汚いものを見せたら心も荒む。
子供たちにはなお更だ。
今では国外は中国やブラジル、ニューヨークにまでこの運動が広まるようになっている。
最近では大勢の方が集まり荒れた歌舞伎町を早朝に定期的に掃除されている。
この運動は、どちらかといえば「キレイにしてやろう」というよりも、「掃除を通して自分自身を見つめ見直す」キッカケにするという部分が強い。確かにボランティアで汗をかきキレイに片付けた後は清々しい気持ちが生まれる。
過去には、高知県の橋本さん(知事)が職員の教育実習に使ったり、広島県警の本部長が暴走族のリーダーたちを集め中心部にある袋町公園を何度も掃除された経緯も聞いている。横浜市長の中田さんのグループは選挙期間中運動員が積極的に箒を片手に持ち、横浜市内を綺麗にしようとした。
この運動は宗教性も政治性も取り払った活動で全国あちこちで静かにひっそりやってある。
■「美しい国」の危機

『私はこれまでいろいろな国を訪れたが、学校、校庭、体育館を問わず、学んでいる人たち自身が率先して自分たちの学びの場を美化するのは、日本人の素晴らしい特質だと思っている。学校に限らず、みんなで使う公共施設を大切にし、美しく保とうとする精神も立派な日本文化だと。
しかし、最近では、この日本の素晴らしさをどれくらいの日本人が理解しているのだろうか。無意識に行われるたばこやペットボトルのポイ捨て。後始末する人間に対する一片の想像力も無い、そんな行為が当たり前のように繰り返され続けるなら、やがてはこの素晴らしい文化も消えてしまうのだろう。』(ジェフ千葉・祖母井(ウバガイ)GM、10/3付け日本経済新聞コラムより)

祖母井さんは毎日京葉線の車窓から見える湾岸道脇のゴミ袋の山を眺めてあるのだろうが。日本中に張り巡らせようとしている高速道路や新幹線のガード下はゴミの山だらけである。
確かに「美しい国」の危機であることは間違いない。
私たちは少なくともスタジアム内だけでも美しく保ちたい。