久藤清一賛歌

2009年ホーム最終戦
このゲーム。ボール支配率もスピードも、玉際の強さも、これまでの福岡ではなく。
攻撃時には左右のどちらかのサイドが駆け上がり、そこをボランチがカバーし。サイドハーフは、中へと切れ込み。効果的なサイドチェンジ。
若い田中佑昌岡本英也のスピードを活かしたチーム戦術。
これでは相手は上がれません。
いつぞや(数年前)のJ1昇格前の福岡の連動性を見てるようでした。
私には、監督は先発メンバーを選ぶだけ、試合開始から、ピッチ上の久藤に全てを預けたように見えました。


今季のことについては後ほど振り返りたいと考えていますが、少しだけ。
今季前半に連敗が続き、チームとして(指揮官として)自信を失ってしまった時に篠田氏は選手の配置を変更しました。
常に背筋を伸ばしてプレーし、安定感のあるディフェンス能力に長ける丹羽を除くと、中盤の底を担うべき適任の選手は不在。
その分の守備の負担を、あろうことかFW大久保に担わせようとしました。
篠田氏は途中から、昨今、戦術オタクがもっとも好む4−2−3−1を取り入れて戦いました。
指揮官としては頑固で融通性に欠ける性格。良い時にはそれが目立たないものの、悪い時ほどそれが悪循環になるもの。
2部のシーズンの戦いは長く過酷。
真夏の、週に2試合のゲームでも疲弊したエース大久保を酷使しました。
大久保にボールを追いかけ回させ続け、しかしそれでも長くチーム組織は未整備なまま。
福岡の4−2−3−1は、大久保あってのシステムといったところでした。

ところが。
終戦の久藤は、そんなシステムにこだらず(どちらかといえば4−4−2気味に)選手たちを動かし続けました。
福岡的にはそのほうが連動性が良いからです。
・相手への強い当たり、気魄
・鬼気迫る鋭い出足
・早いボール回し
・ペナリティ付近でのワンツー
・後から地を這うような強烈なミドルパス
いずれも久藤が自ら実践して、選手たちとともに展開しました。
この夜だけは、高橋泰も岡本も、それ以外の選手も自分の持ち味を出し、楽しそうにプレーしていました。

DFの選手や前線の選手に的確に指示を出す久藤。

「どうすれば選手を使えるか」を熟知している久藤ならではのプレー。
全盛時代を髣髴させる出足とスピード。特に、前線へ猛烈なスピードでボールを追いかける姿には鬼気迫るものがありました。
センターに位置する彼自身の、2列目からGKに向って抜け出す守備は、FWの動きを助け、前線に一定の安定したリズムを与えました。

さて。
「神を見た夜」から何年が経つのでしょうか。
今も久藤清一のサッカーセンスは輝きを放ち続けています。
相手チームから見ればどうにもやっかいな存在。久藤を経由してボールが連動していく。
そんな彼には怪我がつきまといます。
彼の痛み、怪我との戦い。プレーできる状態まで昇り続けようとする努力。乗り越える困難。


仲間たちと、フリーペーパーJust Do It!を発刊する際、その創刊号の表紙は久藤しか考えられませんでした。
恩師である吉浦先生(筑陽学園サッカー部監督)の話を聞くと、「キヨは、他の選手とは比べようもない位、全然違う!」「これまでも、現在でも、あれほど素晴らしい選手はいません。選手としても技術だけでなく、人間として彼は素晴らしい。」
厳しい指導者でもある恩師の言葉。
彼の人間性の高さがわかります。
恩師の言葉を借りるまでもなく、性格が謙虚で控え目でなかったら、アトランタ世代でも抜き出た日本代表選手であったことは間違いありません。
(つづきます)