「ジーコの物指し、ヒデの尺度」その1.

<少しづつ書いてみます。決勝のゲーム後の寝不足状態のため、加筆・字句修正あり。まとまらない場合は削除も・笑>
■プロフェッショナル・ジーコ

ジーコが、監督として、順序立てて一から学んでいるわけでもないことは、本人が一番に自覚していることであろう。
このことは、本人に対して他人がとやかく言うことではなく、そういうことを問題にするのであれば、そのような人を監督に据えた川淵氏の問題であろうと私は今でも思っている。
ジーコは、請われた以上、「ジーコとして」日本の代表チームに関わりたいと思っているだろうし、決して、監督として経験を積もうとか、キャリアが欲しいとは露も思っていないはずだ。

彼は、ここ3年間の経験で、監督業に少しは慣れてきているが、決して立派な監督になろうとか、良い監督になりたいとかは考えていないはずだ。

しかし、その前に彼は一流の「プロ」のプレイヤーであった。

そして、既に現役を退いた彼が、何故に、遠く日本まではるばるやってきたのか。

鹿島を常勝チームにした彼の姿勢の根本に、「プロフェッショナル」な考え方や思いが常にあったろうと思う。
一部を除いてサッカーをプロのスポーツとして、現実に見る機会がなかった当時の我々にとっては、ジーコは名選手であるだけでなく、そういう意味では稀有な存在であった。
チームを作る中で、「プロとしてどう考えるのか」
「プロとしてどう行動するのか」
ジーコは、これらを選手に問い続けたに違いない。
それは今でも同じことで、審判含め日本のサッカーに関わる人々に、そしてサッカーを見る我々にも、そのことを問うているようにも思える。
国内に、Jリーグが誕生せずアマチュアのままだったとしたら、彼はわざわざ遠く日本には来ていない。
ジーコが来るまでは、選手だけでなく、見る我々もアマちゃんだったのだのかも知れないのだが。

私は、個人的にはジーコを好ましく思う人間である。
しかし、代表監督としては、他のキチンとした指導のできる人(できれば欧州の監督経験者)のほうが良いのにと、予選突破というノルマを果たした今でも思っている。
そのことを断った上で、改めて、指揮官ジーコと、異質な”リーダー”ヒデについて少し考えてみたい。